東京高等裁判所 平成2年(行ケ)207号 判決 1991年4月25日
大阪府大阪市天王寺区小橋町一番二五号
原告
大阪シーリング印刷株式会社
右代表者代表取締役
松口豊
右訴訟代理人弁理士
岡田全啓
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 植松敏
右指定代理人通商産業技官
堤隆人
同
東森秀朋
同
松木禎夫
同通商産業事務官
高野清
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 原告
「特許庁が昭和六一年審判第五三一九号事件について平成二年七月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 原告の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五一年五月四日に出願した実用新案登録出願(昭和五一年実用新案登録願第五六四八〇号)を、昭和五八年三月七日特許出願(昭和五八年特許願第三七七六〇号)に変更し、さらに同年四月一三日、右特許出願の一部を、名称を「剥離紙仮着の感熱印字ラベル」とする新たな特許出願(昭和五八年特許願第六五八八七号。以下、「本願発明」という。)としたが、昭和六一年二月二〇日拒絶査定がなされたので、同年三月三〇日査定不服の審判を請求し、昭和六一年審判第五三一九号事件として審理された結果、平成二年七月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年九月六日原告に送達された。
二 本願発明の要旨(別紙図面A参照)
上面シリコン膜の剥離紙上に、下面不乾燥糊膜を仮着したラベル主紙の上面に、固定的情報をその一部に印刷して一般の印刷表示部が形成され、かつ、全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成された、剥離紙仮着の感熱印字ラベル
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載(特許請求の範囲第1項)のとおりである。
2 これに対し、昭和五〇年実用新案登録出願公開第一四六五〇〇号公報(以下、「引用例」という。別紙図面B参照)には、「各々が感熱記録紙で形成され、テープ状に形成された台紙上に所定の間隔で、剥離可能に感圧接着剤層を介して仮着されたラベル」、及び、「記録紙に値段等の記載要目を表示したラベル」が記載されている。
3 本願発明と引用例記載の考案を対比すると、
引用例記載の「台紙」は、感熱記録紙を、感圧接着剤層を介して剥離可能に仮着するものであるから、本願発明の「剥離紙」に
引用例記載の「感圧接着剤層」は、本願発明の「不乾燥糊膜」に、
引用例記載の「感熱記録紙」は、紙の上面に感熱発色剤を形成したものであるから、本願発明の「全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成されたラベル主紙」に、
引用例記載の「記載要目」は、値段などを指すから、本願発明の「固定的情報」に
それぞれ相当する。
したがつて、本願発明と引用例記載の考案は、
「剥離紙上に、下面不乾燥糊膜を仮着したラベル主紙の上面に、固定的情報の表示部が形成され、かつ、全面にわたつて感熱発色剤の膜面が形成された、剥離紙仮着の感熱印字ラベル」
である点において一致する。
しかしながら、本願発明が、
<1> 剥離紙が、上面シリコン膜の剥離紙であること
<2> ラベル主紙の上面の一部に、固定的情報を印刷して、
一般の印刷表示部を形成すること
を要件とするのに対し、引用例にはこれらの事項が記載されていない点において、両者は相違する。
4 各相違点について検討する。
<1> 剥離紙にシリコン膜を設けることは、本件出願前の周知慣用の技術である(例えば、昭和五〇年特許出願公開第一四三五一号公報、昭和三九年実用新案登録出願公告第三〇三九四号公報などを参照)。
したがつて、剥離紙の表面にシリコン膜を設ける本願発明の構成は、単に周知慣用の技術を採用したにすぎず、格別の技術的意義は認められない。
<2> ラベルの一部に固定的情報を印刷して一般の印刷表示部を形成することは、本件出願前の周知技術である(例えば、昭和四九年実用新案登録願第五四六四二号(昭和五〇年実用新案登録出願公開第一四三四九八号)、昭和四八年実用新案登録願第二九〇六九号(昭和四九年実用新案登録出願公開第一三〇七九七号)、あるいは、引用例に係る実用新案登録出願(昭和四九年実用新案登録願第五四六四三号)の、各願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムないし転写伝票などを参照)。
したがつて、引用例に開示されている値段などの記載要目(すなわち、固定的情報)を表示するに当たり、ラベル主紙の上面の一部に固定的情報を印刷することによつて印刷表示部を形成することは、当業者ならば容易に想到し得た事項であると認められる。
5 なお、本願発明が奏する作用効果は、引用例記載の技術的事項及び周知技術から、予測し得た範囲の事項と認められる。
6 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の技術的事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないとした原査定は、正当である。
四 審決の取消事由
引用例に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例記載の考案が審決認定の二点においてのみ相違し、その余の点において一致すること、及び、相違点<1>に関する審決の判断が正当であることは、認める。
しかしながら、審決は、相違点<2>、及び、本願発明が奏する作用効果の顕著性の判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 相違点<2>の判断の誤り
本願発明は、「ラベル主紙の上面に、固定的情報をその一部に印刷して、一般の印刷表示部を形成」した上、ラベル主紙の「全面にわたつて、感熱発色剤の膜面」を形成することを不可欠の要件とする。このように、「一般の印刷表示部」と「感熱発色剤の膜面」を組み合わせる構成は、引用例あるいは審決が周知例として援用した文書のいずれにも開示されておらず、示唆すらされていない。
したがつて、「相違点<2>に係る本願発明の構成は、当業者ならば容易に想到し得た事項である」とした審決の判断は、誤りである。
2 作用効果の判断の誤り
本願発明によれば、一般の印刷表示部を種々の色彩で印刷することによつて、カラフルなラベルを得ることが可能であるが(感熱発色は、黒あるいはそれに近い色の表示のみが可能である。)、このようなカラフルなラベルは、需要者の注意を、より喚起する効果がある。また、一般の印刷表示部が予め形成されているので、感熱発色すべき部分が少なくなるから、感熱発色に要する時間を短縮することができる。
審決は、本願発明が奏するこれらの作用効果の顕著性を看過したものであつて、誤りである。
第三 請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
1 相違点<2>の判断について
原告は、「一般の印刷表示部と感熱発色剤の膜面を組み合わせる構成は、引用例あるいは周知例のいずれにも示唆すらされていない」と主張する。
しかしながら、感熱発色等を利用するラベルに、一般の印刷による表示をも施す技術が周知例に開示されていることは疑いの余地がなく、原告の主張は失当である。
2 本願発明が奏する作用効果について
原告は、「本願発明によれば、一般の印刷表示部を種種の色彩で印刷することによつて、カラフルなラベルを得ることが可能である」と主張する。
しかしながら、一般の印刷を適宜の色彩ですることは極めて普通に行われているから、右作用効果は、本願発明に特有の事項ではない。
また、原告は、「本願発明によれば、感熱発色すべき部分が少なくなるから、感熱発色に要する時間を短縮することができる」とも主張する。
しかしながら、そのような作用効果は、一般の印刷による表示を予め行つておけば当然に奏されるものであるから、容易に予測し得た事項という他はない。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いない甲第二号証(特許願書添付の明細書)及び第三号証(手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。なお、手続補正書による細い字句の訂正については、引用箇所の摘示を省略する。)。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、加熱することによつて溶融反応し、発色する感熱印字ラベルに関する(明細書第一頁第九行及び第一〇行)。
最近の商品市場においては、食品等の小物商品に品名、製造年月日あるいは単価を表示したラベルを貼付することが慣行となつているが、それらの表示をタイプリボン、カーボンあるいは液体インキを用いて印字すると、ラベル主紙を汚損する虞があるなど、種々の不都合を生ずる(同第一頁第一一行ないし末行)。
本願発明の技術的課題(目的)は、従来技術のそのような問題点を解決することである(同第二頁初行及び第二行)。
2 構成
本願発明は、右技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第四丁第二行ないし第六行)。
別紙図面Aは、その一実施例を示すものであつて、第1図はローリング型の平面図、第2図は要部の拡大平面図、第3図は第2図のA-A線の拡大断面図である。そして、1はラベル主紙、2は感熱発色剤の塗膜、3は不乾燥糊面(「未乾燥糊面」とあるのは、誤記と認められる。)、4は上面にシリコンフイルム5が定着されている剥離用紙、7は一般の印刷による固定的情報(例えば、販売者名、重量、値段、「一〇〇g当たり(円)」)の表示である(明細書第二頁第三行ないし第一八行、手続補正書第二丁第一五行ないし末行)。
3 作用効果
本願発明によれば、印字を感熱発色剤の塗膜に加熱して行うので、ラベル主紙を汚損する虞が絶無である上、直接外見し得る部分に印字するので、印字の失敗もない(明細書第三頁第八行ないし第一九行)。
二 一方、引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例記載の考案が審決認定の二点においてのみ相違することは、原告も認めるところである。
三 相違点<2>の判断について
原告は、「一般の印刷表示部と感熱発色剤の膜面を組み合わせる構成は、引用例あるいは周知例のいずれにも示唆すらされていない」と主張する。
しかしながら、成立に争いない甲第八号証(実用新案登録願書添付の明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムの写し。別紙図面C参照。ちなみに、このマイクロフイルムが本件出願前に特許庁において公衆の縦覧に供されていたことは、原告も明らかに争つていない。)によれば、昭和四九年実用新案登録出願公開第一三〇七九七号の考案は「製品の品質もしくは記録等の表示に使用するラベルに関するもの」(明細書第一頁第一〇行及び一一行)であつて、「鉛筆などで空白部(A)上に文字或いは数字などを画く」(同第三頁第三行及び第四行)のであるが、「表示部(A)は例えば寸法、製造年月日、製造機、作業者、圧延番号、上り圧延機などその製造過程における重要な要件などを印刷などによつて表示しており、該表示部(A)の一部に空白部(B)を形成したものである。」(同第二頁第一四行ないし第一八行)と記載されていることが認められる。
また、成立に争いない甲第七号証(実用新案登録願書添付の明細書及び図面を撮影したマイクロフイルムの写し。別紙図面D参照。ちなみに、このマイクロフイルムについても、原告は、本件出願前に特許庁において公衆の縦覧に供されていたことを明らかに争つていない。)によれば、昭和四九年実用新案登録願第五四六四二号(昭和五〇年実用新案登録出願公開第一四三四九八号)の願書に添付された明細書の「考案の詳細な説明」の欄には、「ラベル1は(中略)上表面に予め品名、製造年月日、一〇〇g当円、重量g、金額円等の記載要目3が印刷され記入欄4が設けられている。」(第二頁第一〇行ないし第一三行)と記載されていることが認められる(なお、同号証によれば、同考案は引用例記載の考案と同一の考案者の考案に係るものと認められる。)。
したがつて、後に手書きなどで記入されるラベルに、予め不動文字などを印刷しておくことは、本件出願前に周知の事項であつたと認められるから、「相違点<2>に係る本願発明の構成は、当業者ならば容易に想到し得た事項である」とした審決の判断に、誤りはない。
四 本願発明が奏する作用効果について
原告は、本願発明は、
a 一般の印刷表示部を種々の色彩で印刷することによつて、カラフルなラベルを得ることができる。
b 感熱発色に要する時間を短縮できる
との作用効果を奏すると主張する。
前記1の認定事実によれば、原告主張のa、bの作用効果は本願明細書に記載されていないが、本願発明の構成からみて、本願発明がこのような作用効果を奏することは、当業者には自明の事項であると考えられる。
しかしながら、aについては、一般の印刷を適宜の色彩ですることは極めて普通に行われているから、aの作用効果をもつて、本願発明に特有の事項ということはできない。
また、bについては、表示事項の一部を予め一般の印刷によつて行つておけば、感熱発色すべき部分を少なくでき、したがつて感熱発色に要する時間も短縮されることは、当業者ならずとも容易に予測し得る範囲の事項である。
したがつて、審決が、本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過しているとはいえない。
五 以上のとおりであるから、本願発明には進歩性がないとした審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官岩田嘉彦は、填補のため、署名捺印することができない。 裁判長裁判官 竹田稔)
別紙図面A
<省略>
別紙図面B
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別紙図面C
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別紙図面D
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